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『27』父の歳を超え、この曲を解き放つ。僕が僕であるために。

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本サイト緊急特別企画、発売したばかりの1st EP『LET FREEDOM RING』の中から、『27』に込められた思いをひも解く独占インタビュー。『27』という数字の意味とは?そして、この曲を通して彼が伝えたい想いに迫る。

※『27』を3/31のミュージックステーション特番にてTV初披露!

Interviewed by Taiga BEPPU
Supervised by Daisuke YOSUMI

▽尾崎裕哉 / 27 [LET FREEDOM RING TOUR 2017 at EX THEATER ROPPONGI]

Q1 デビューEP『LET FREEDOM RING』の中で、重厚なロックサウンドをバックに、叫ぶように歌われている『27』は異彩を放っていると思います。この曲に込めた思いを聞かせてください。

「27」は、僕の今の年齢です。この数字は僕にとってはとても大きな意味があることなんです。

僕が2歳の時、当時26歳だった父・尾崎豊が亡くなり、母親が26歳、僕が5歳の時、日本のマスコミから僕を守るために、母は僕を連れて米国に渡りました。

そして僕は、その年齢を超えた27歳で本格的にアーティストとしてデビューすることに。
そんな僕の心の中にあるのは、「父親の見れなかった、その先の景色を見たい」という気持ちなんです。

ずっと僕にとって父親は憧れのミュージシャンでしたし、父親のようになりたいという思いがかなり強かった。だからこそ僕自身が、自分と父親を比べてしまうことが多く、重圧や葛藤で苦しかった時もありました。

あと、父親とあまりにも声が似すぎていて、僕が歌っていても、周りは僕のことではなく「父のことを見ているのではないか」という感覚になることが多くて。それがもどかしかった。でも、そんな日々があったからこそ今の自分がいる。

「もがき苦しんだ過去の気持ちを忘れずにいたい。そして父の年齢を超えた今、まだ見えない未来に向かって走り続けるんだ」
そんな決意を、ストレートに歌詞にしたのがこの『27』という曲です。

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Q2 『LET FREEDOM RING』のテーマは〝解放〟だと以前伺いましたが(インタビュー連載第3回を参照)、それをまさに象徴するような曲ですね。

「自分の思いを、自分の存在を世界に解き放つ」ことがこの作品のテーマでしたが、その中でも『27』が自分を一番さらけ出せた曲だと思います。

この曲の、

ーー受け入れることも 否定することも
ーー全てぼくが選ぶことだと知ってるの

というフレーズには、「他人にいろんなことを言われても、意思決定をできるのは結局自分自身しかいない。自分は自由で、自分自身の人生の責任は自分だけにしか背負うことしかできない。だからこそ、誰かと比べられても、そんなこと僕には一切関係ない」という気持ちを込めています。

僕にとって音楽は日記のような感覚があるんですよね。その時、その瞬間に思ったことを書きとどめておくような。そして、それを歌ったらいつでも思い出せるように、という思いもあるんです。

だから、デビューEPに『27』が入ることは僕にとっては必然の流れなのかなと。その結果、EPのテーマである〝解放〟を、より体現できる作品になったんだと思います。

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Q3 歌詞には父親の遺した曲名も入っているんですよね?

「僕が僕であるために」というフレーズが入っています。

ーーため息ばかりついていたいのは
ーー僕が僕であるために背負うことが多すぎた

『僕が僕であるために』は、尾崎豊の名曲の一つですが、実は僕が一番好きな曲なんです。自分自身が父親と比べていたこと、曲がかけなかったことも含めて、自分になかなか勝てなかった時期が続いていたので、そのときの想いを記したいという思いがありました。

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Q4 「父親の見れなかった景色を見たい」にはどんな思いがあるんですか?

26歳で亡くなった父は、27歳以降の人生を知らないわけです。端的に言えば「その歳になったぼくが、その続きの景色を見るよ」ということになりますが、まだ言語化できない、もっと複雑で深い感覚ですね。いつか言葉にしてみたいと思っています。

シンガーソングライターの僕が表現したいこと、伝えたいことは、大きな方向性は父親と同じなんですよ。それは「生きることの本質を歌う」こと。そして、それを「等身大の表現」で自分をさらけ出すこと。

生きることの本質は何か、それをどうやって伝えるのかは人それぞれですよね。父には父の、僕には僕の。僕はそれを、何も取り繕わず、できるだけ素直な気持ちで、僕だけのやり方で表現したいんです。その一つが、『27』なんです。

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Q5 裕哉さんにとって、それはどんな景色なんですか?

音楽を通じて、人の心を動かしたい。それが、社会を変えることにつながる。
僕はそう思っています。そして、音楽にその力があると、心から信じることができるんです。

なぜなら、僕自身、音楽に救われ、人生を変えられてしまったひとりだから。きっと父親もそういう願いを胸に、彼なりの方法で表現していたんだと思うんです。

もしぼくが、自分をさらけ出して創り、歌った曲が誰かの心に届き、その人が少しでも自分と向き合えるきっかけになれたら。そして、その人の見る景色が少しでも変わり、それによって人生が動き、それが周りの人たちに伝播すれば、と。そのインパクトが、少しでもポジティブな方に向いてくれれば、それ自体が社会へのコミットだと思うんです。

僕は誰からも、比較も期待もされたくない。僕は僕の人生を生きるだけです。
「自由の鐘を鳴らせ」という意味の『LET FREEDOM RING』、そしてその中の『27』という曲は、本当の意味で、アーティストとしてスタートラインに立つための作品であり、音楽の可能性に賭けるという決意の曲でもあるんです。

▽尾崎裕哉 / 27 [LET FREEDOM RING TOUR 2017 at EX THEATER ROPPONGI]

『27』

ため息ばかりついていたのは
僕が僕であるために背負うことが多すぎた
受け入れることも 否定することも
全て僕が選ぶことだと知っているの

焦る必要ないんだってつぶやく唇が
時々滲んで見えてしまうけど
思い出すよ

幼過ぎたあの頃 僕は
遠い背中を追っかけていた
諦めかけたときもある
でも走り続けた
生まれた意味を 探していたよ

誰を信じればいいのかわからなくて
自分だけが頼りだと思っていたし
すれ違がった人々を思い出して傷ついて
ほら また僕は臆病になっちまうの

突然冷たい言葉が突き刺さったとしても
生きる強さを忘れてしまわないで
ほら見えるよ

少し分かり始めた 僕は
遠い背中を追っかけていた
僕は僕らしく生きる
一人じゃないから
生まれた意味を 信じているよ

忘れないで その心
すぐには分かってもらえなくても
忘れないで その気持ち
遠回りだと思っても

食いしばって あともう少しだけ
いつだって 自分を犠牲にしたくない
比べたって 探している答えは
見つからない
笑顔から始めよう

果てしない叫びの中 僕は
いつの間に追い越していたけど
この道はまだ続くよ
走り続けるのさ
まだ見ぬ風景
まだ見ぬ夢を
探していくよ

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1st EP『LET FREEDOM RING』が3/22より絶賛発売中!

1. サムデイ・スマイル
2. 27
3. 始まりの街 (Soul Feeling Mix)
4. Stay by my Side
5. 27(starRo Remix)

▼iTunes|ボーナストラック付き
http://apple.co/2mrpSbP
▼レコチョク
http://recochoku.com/t0/1006353315/

03 LET FREEDOM RING|デビュー〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉

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インタビュー連載〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉Vol.3は、本日3/22にリリースのデビューCD《LET FREEDOM RING》について解き明かす。『サムデイ・スマイル』『27』『始まりの街 (Soul Feeling Mix)』『Stay by my Side』という、音楽的多様性に富む、コンテンポラリーJ-POPとも言える、強烈な個性的を放つ楽曲たちが収録されたEP。彼は何を思い、どうこの作品を創りあげたのか? 《LET FREEDOM RING》を自身の言葉でひも解く。

Interviewed by Taiga BEPPU
Supervised by Daisuke YOSUMI

尾崎裕哉インタビュー連載
#01 Life Story
#02 Music is my Life
#03 LET FREEDOM RING
#04 Social Message
#05 My Father
#06 Global Thinking
#07 SECRET Q&A

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1st EP『LET FREEDOM RING』

Q1 まず、なぜデビュー作に『LET FREEDOM RING』(日本語訳は『自由の鐘を鳴らせ』)という名前をつけたんですか?

去年の11月後半に、クリエイティブチームのみんなとのミーティングの中で、「解放」というキーワードが浮かび上がってきて。僕にとって、アーティストとしてデビューするということは、自分自身を解放することであり、世界へ向けて尾崎裕哉という存在を解放することなので。

それから、僕が「LET FREEDOM RING」という言葉を思いついたんですよね。そういった経緯で、今回のデビューCDのテーマを「解放」としたんです。

Q2 「LET FREEDOM RING」という言葉はどうやって思いついたんですか?

《LET FREEDOM RING》という1st EPのタイトルは、マーティン・ルーサー・キング牧師の、伝説のスピーチに対する敬意でありオマージュなんです。

ちょうど約半世紀前に暗殺された彼は、黒人への人種差別が根付いていたアメリカで立ち上がり、先頭に立って白人社会に抵抗し、ついには本当に社会を変えてしまった歴史的な革命家。その決定的な転換点となった、1963年の「I have a dream(私には夢がある)」のスピーチは今日も多くの人の心を揺さぶり続けていますよね。

以前ぼくがナビゲーターを務めていたInter FMの番組では、いつも彼のことを取り上げていたんです。それくらい尊敬していて。僕が育ったアメリカでは、歴史の授業でかなり詳しく黒人解放運動のことを勉強します。だからこそ、彼の偉大さがよくわかるんです。

「言葉」で社会を動かしたキング牧師。僕は「音楽」で、それに挑戦したい。そんな思いを込めて、このデビュー作のタイトルを『LET FREEDOM RING』にしました。


『サムデイ・スマイル』

Q3 そんなCDの1曲目に「サムデイ・スマイル」。この曲にはどんな思いがあるんですか?

この曲には、同世代の仲間に向けて書いたり、怪我のリハリビをしてる友達への応援歌だったりということもあるんですが(インタビュー第2回で掲載)、他にもいくつかきっかけがあるんです。

ひとつは、最初から坂本九の『上を向いて歩こう』みたいな曲を作りたいっていう気持ちがあったこと。それだけは最初から明確にイメージがあったんですよね。あの曲って、底抜けにポジティブな曲ではないけど、すごく前向きになれますよね。

歌詞においても、サウンドにおいても、僕もそんな曲を作りたくって。そのコンセプトを、ワードプロデューサーのいしわたり淳治さんに伝えて、一緒に歌詞を練っていきました。それから、サウンドプロデューサーの蔦谷好位置さんと一緒にアレンジを構築して、ギターのリフを活かした爽やかな曲にしよう、という話に。さらにラップパートではレーベルメイトのSALUくんにリリックを提供してもらいました。

あと、6年前の東日本大震災の1ヶ月後に大学の仲間と行ったボランティアも大きかったです。避難所の前の公園で一緒に遊んでいた時に雨が降ってきて。当時は放射能の心配がされていて、その中の女の子が怖いって泣き始めたんですよ。その子は避難所に戻るしかないけど、僕たちには8時間離れた東京に家がある。

そんな状況でぼくに何かできないかなっていうのがずっと心の中にあって。だから、「いつか必ず幸せになれるから、今を生きていこうよ」って、そんな曲がずっと作りたかったんですよね。

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『27』

Q4 「27」には曲中に、お父さんの尾崎豊さんの曲のタイトルでもある『僕が僕であるために』というフレーズが出てきますよね。ここにはどんな思いがあるんですか?

父親が亡くなった26歳で、母親が僕を連れて渡米したのも26歳なんです。
尾崎家にとって象徴的ともいえる「26」という年齢をついに超えて、僕は「27」になった。その歳 に僕は、アーティストとしてデビューすることになったんです。

父の歳を超えた僕が、音楽活動を本格化することで「父親の見れなかった景色を見たい」という思いがあるんです。そんな意味を込めて、この「27」という曲を創りました。

この曲は、等身大の自分をさらけ出した曲でもあります。「もがき苦しんだときもあったけど、これからついに希望に向かって突き進んでいくんだ」と。自分の今のこの気持ちを忘れないために曲にして残しておくような感覚もありますね。


『始まりの街』

Q5 次は「始まりの街 (Soul Feeling Mix)」。この曲への思いも聞かせてください。

この曲は今回の『LET FREEDOM RING』をリリースする前からデジタルでのみ配信していたいんですが、今回はそれを蔦屋さんのアレンジで〝Soul Feeling Mix〟にして収録しました。以前はオーケストラアレンジだったけど、それをバンドアレンジにしたいと蔦谷さんにお願いしたんですよね。

僕が20歳のとき、母親に「パパがいなくて寂しい思いをさせてごめんね」と言われて。それに対して、「そんなことないよ、僕は幸せさ」という言葉を母親に贈った曲です。大学院を卒業するにあたって「子育てからの卒業おめでとう」パーティーを企画して、そこで母親本人と多くの友人の前で、この歌を歌いました。そんな、大切な曲です。

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『Stay by my Side』

Q6 最後4曲目、「Stay by my Side」では、英語詞が多く登場する個性的な曲ですよね。

曲中に「ひとは何のためにひとを愛してしまうの」っていうフレーズがあるんですが、これをサウンドプロデューサーの蔦谷さんが気に入ってくれたのが発端でした。メロディーにも歌詞にも80'sっぽさがあっていい曲になりましたね。

あと、この曲には自分の音楽経験が深く表現されていると思います。僕はブラックミュージックが好きで毎日聴いているし、小学生から高校生までずっとクワイア(合唱)をやっていました。そんな経験をすべて生かせた、そんな気がしますね。

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『自由の鐘を鳴らせ』

Q7 4曲どれも表現力がとても豊かですが、全体に一貫した統一感ともいえる空気感がありますよね。その点も意識して作られたんですか?

実は、まったくそんなことはないんですよ。
『LET FREEDOM RING』というタイトル自体は最初に決まっていたので、そのコンセプトは意識していましたが、目の前の曲を一つひとつ丁寧に作りあげた結果、自然な形で「解放」というテーマを描けたのだと思います。

『LET FREEDOM RING』には、聴いた人が少しでも自由になってほしい、という思いが込められているので、ぜひ、多くの方に聴いていただきたいです。そして、いつか直接、その感想を聞かせてほしいなって思いますね。

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1st EP『LET FREEDOM RING』が3/22より絶賛発売中!

1. サムデイ・スマイル
2. 27
3. 始まりの街 (Soul Feeling Mix)
4. Stay by my Side
5. 27(starRo Remix)

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02 Music is my Life|シンガーソングライター〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉

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当サイト独自企画、インタビュー連載〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉Vol.2は、尾崎裕哉のミュージシャンとしての〝真実の顔〟を解き明かす。自他ともに認める「楽器・機材マニア」でもある彼が、触れてきた音楽とは。そして、彼は音楽を通して何を伝えたいのか?

〝尾崎豊と洋楽〟という〝両軸のルーツ〟を持つ尾崎裕哉が、3/22にいよいよデビューを飾る。そんな彼の音楽家としての強烈な原体験から、今回のデビューCD《LET FREEDOM RING》が生まれた背景までをひも解く。

Interviewed by Taiga BEPPU
Supervised by Daisuke YOSUMI

尾崎裕哉インタビュー連載
#01 Life Story
#02 Music is my Life
#03 LET FREEDOM RING
#04 Social Message
#05 My Father
#06 Global Thinking
#07 SECRET Q&A

尾崎裕哉を創り出した音楽原体験

Q1 1st EP《LET FREEDOM RING》収録の全4曲に〝尾崎裕哉らしさ〟とも言える、幅広い音楽性が現れていますよね。それはなぜだと思いますか?

「尾崎豊」と「洋楽」の両軸が、僕の体に刻まれているからだと思います。それはまさに、自分自身の人生の歩みとも重なるんですけど。

音楽の原体験は、まぎれもなく「尾崎豊」です。
家にあった母親のCDコレクションの中から、一枚ずつパソコンに取り込んで、SONY CLIEという電子手帳に移しては独りヘッドフォンで聴く。1枚のアルバムを半年以上も聴き込むのが当たり前で。それで、自分の脳内で完璧に再現できるようになったら、次のアルバムへ。そんなルーティンを幼少期からずっと、繰り返し、繰り返し続けてました。

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「尾崎豊」から「洋楽」へ

Q2 洋楽はどんなものに影響を受けたんですか?

洋楽のルーツは、ある意味「ギター」ですね。
何故か無性にぼくは、洋楽のギターソロが好きだったんですよ。最初は、ギターソロがある曲の、その部分ばっかり口ずさんでいました。歌詞はそこまで頭に入って来ないんですが、曲の雰囲気に心が惹かれてたんですよね。

Q3 ギターを本格的に始めようと思ったきっかけは何ですか?

中学生のときに聴いた、AC/DCというオーストラリアのロックバンドの1980年発売のアルバム『Back In Black』というアルバムの最初の曲です。僕の人生を変えられてしまった作品。そのギターの音がめちゃくちゃカッコよくて。中学校を卒業することには、その曲を完全コピーできるようになってました。

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シンガーソングライター尾崎裕哉の原点

Q4 ギターを始めた当初、練習した曲は何ですか?

当時まだボストンにいて、Red Hot Chill Peppersの『Californication』や、Green Dayの『Basket Case』とかを練習してましたね。ギターを始めようと誘ってくれた、ケイラブ(インタビュー第1回で登場)と一緒に、当時流行っていた曲から練習し始めたんですよね。

それまでの僕の中の音楽の世界には「尾崎豊」しかいなかった。でも、このとき初めて「洋楽」という新しい引き出しができたんです。当時の米国の「リアルタイムで流れてくる音楽」という共通言語を通して、現地の友人たちと会話できるようになって、音楽体験だけでなく、生きる世界そのものが格段に広がりました。

Q5 もっとも好きな洋楽アーティストは誰ですか?

僕が最も尊敬するアーティストは、シンガーソングライターのJohn Mayer(ジョン・メイヤー)です。
僕はロックとブルースが好きで、その2つの道をたどっていくうちに、たどり着いたのが彼だった。ロックとブルース、そしてポップスが絶妙なバランスでミックスされているところに惹かれたんですよね。

彼の曲に出会ったのがバンドを始めた高校生のとき。
その瞬間に初めて、音楽における「尾崎豊以外のロールモデル」を見つけられたんですよね。僕の〝ミュージシャンとしての目覚め〟は5歳のころでしたが(インタビュー第1回で言及)、現在の〝シンガーソングライターとしてあり方〟を決定づけたのは、このときだったと思います。

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自分のためだけでなく、
自分の同世代の仲間へ向けて。

Q6 アーティストとして自己表現する、最初のきっかけは何でしたか?

その瞬間が訪れたのは、ボストンのバークレー音楽大学の短期プログラムに参加していたときのこと。

実はそれまで僕は、メロディーは創れても、歌詞を書けなかったんです。「歌詞」という世界には、どうしても父親という偉大な存在があったため、書いては自分でダメ出し、書いてはダメ出しを繰り返していたんです。

迎えた最終日の発表会。「ここはアメリカだし日本語で歌っても誰もわからないしいいや!」と、等身大の言葉で思い切って歌ってみたんです。その時に歌ったのが『Road』という曲。

そしたら、プログラムに参加している何人かの日本人も聴いてくれてて、終わったら「カッコよかったよ!」と。そのときやっと、「ありのままの自分の言葉でいいんだ」って思えたんですよね。

Q7 それはまさに今回のEP《LET FREEDOM RING》で表現されていますよね。このCD収録のリード曲で、FMや音楽チャンネルでパワープレイされている『サムデイ・スマイル』(MVはこちら)に込められた想いを聞かせてください。

1曲目に収録した『サムデイ・スマイル』には、いくつかの背景があるんです。
3.11の災害地へボランティアに行った時のことがきっかけになっていたり、怪我のリハリビをしてる友達への応援歌だったり、就職活動中の大切な仲間に向けてのメッセージだったり。

僕の友人たちはみな、人間的に素敵な上に、ものすごく優秀なのに、それでも採用試験で落ちてしまう時がある。そんな友達の心の支えになるような、背中を押せるような曲にしたいなって。

ー 僕らはいつの日か 必ず幸せになれる
ー その途中の今日を生きてる 今日を生きてる

こんなこと普段は恥ずかしくて口にできないけど、歌でなら伝えられる。
それが音楽の力だと思います。そして、この曲を聴いた人が「今を頑張ろう」って少しでも前向きになれたらいいなって。「サムデイ・スマイル」にはそんな願いを込めて作りました。

今回の《LET FREEDOM RING》を仕上げる以前は、自分を奮い立たせるために曲を書くことが多かったんですが、この作品から、同世代の仲間たちに向けて歌いたいって思うようになったんですよね。

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1st EP『LET FREEDOM RING』が3/22より絶賛発売中!

1. サムデイ・スマイル
2. 27
3. 始まりの街 (Soul Feeling Mix)
4. Stay by my Side
5. 27(starRo Remix)

▼iTunes|ボーナストラック付き
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01 Life Story|生い立ち〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉

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〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉
01 Life Story|生い立ち

尾崎裕哉の隠されたルーツや本音、支えられてきた音楽や家族など、彼のすべてを明かすべく立ち上がった当サイト独自企画、インタビュー連載〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉。初回のVol.1のテーマは「Life Story|生い立ち」。

2歳で偉大な音楽家であった父を亡くし、5歳にして母とふたり異国の地へ飛んだ。壮絶な幼少期をともに幕開けした彼の人生は、どのような物語を経て、今日に至ったのか?
7つのカテゴリーと7の質問から、シンガーソングライター尾崎裕哉の〝リアル〟に迫る。

Interviewed by Taiga BEPPU
Supervised by Daisuke YOSUMI

尾崎裕哉インタビュー連載
01 Life Story
02 Music is my Life
03 LET FREEDOM RING
04 Social Message
05 My Father
06 Global Thinking
07 SECRET!!

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もし彼がいなかったら、

今の自分はいなかったかもしれない。

Q1 シンガーソングライターとして音楽を始めたきっかけは何ですか?

米国マサチューセッツ州ボストンの中学校に通っていた14歳のとき、尞の隣の部屋のケイラブという台湾系のアメリカ人が誘ってくれたことですね。「ギターやるからヒロもやろうよ」って。当時、ピアノをやっていたんですけど、実はあまりしっくりきてなくて。でも、ギターは素直に「やってみたいな!」と。

そのときに僕の中で音楽と向き合う感覚が変わったんですよね。音楽を「聴く」側から、音楽を「創る」側に。聴く曲も、「尾崎豊」から「洋楽」になりましたね。あのタイミングでケイラブが誘ってくれてなかったら、今の自分はいなかったかもしれない。


Q2 それまで本格的に音楽をやりたいと思ったことはなかったんですか?

思えば、5歳のときからずっとそう夢に描いていたんですよね。「ミュージシャンになりたい」って。でも、そのときは「音楽が好きだから」というより、「父親に近づきたいから」という感じでした。

僕が2歳のときに父親が亡くなったので、彼との記憶はひとつもないんです。彼が遺した曲でしか、父親を知る術がなかった。だから、アメリカにいるときからずっと尾崎豊の曲を聴いて育ったんですよね。僕にとっての父親は、音源と映像だったんです。

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Q3 5歳のときに渡米し、15歳で帰国。アメリカではどんな生活を送っていましたか?

5歳でボストンに渡ったとき、母親は26歳。僕はもちろん、母親も英語を話せなければ、知り合いもひとりもいない。考えると、その時の母親は今の僕より若いわけです。これって凄いことですよね。改めて、感謝と尊敬でいっぱいの気持ちになります。

そんな中、すぐに僕は地元の区立学校へ入学して、幼稚園から小学校5年生まで過ごしました。その後、コネチカット州の全寮制の学校で1年経て、ボストンの全寮制男子校へ進学。そこで出会えた一生の仲間のひとりが、ギターを教えてくれたケイラブでした。

今回のデビュー作《LET FREEDOM RING》にも収録されている『始まりの街』には、ずっと支えてくれた母への思い、そしてボストンでのことを綴っています。振り返ってみると、自分が歌っている曲には、ボストンの日々が刻まれているんですよね。

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音楽で社会に貢献したい。

Q4 その後、日本に帰国しましたよね。日本での生活はどうでしたか?

日本ではインターナショナルスクールに通ったので、外国育ちの日本人学生や外国の学生がほとんどでした。なので、「尾崎豊の息子」である自分を意識しなくて済むと思っていたんですが、そう簡単にはいかなかった。やっぱり父親のファンはいたし、日本にいるとどうしても意識せざるを得なくて。いつしか父親のことを隠すようになっていたんです。

そんなとき、「バンドやりたいんだけど、ヒロやらない?」って、同級生が誘ってくれたんです。父親と比較されることが怖いという葛藤がある一方で、ずっとひとりで練習してきたギターにも限界を感じていました。

どうしようかものすごく悩んだけれど、最後は「どうしても音楽仲間がほしい!」「一緒にやりたい!」っていう気持ちが勝って、本格的にミュージシャンの道を歩みはじめました。


Q5 大学は慶応義塾大学(SFC)に進学し、ラジオパーソナリティーや講演会に登壇など様々な活動をされていましたが、どうでしたか?

僕が父親のことを話さなかったこともありますが、高校でも大学でも、ちゃんと僕を一人の人間として見てくれる仲間に恵まれました。だけど、学校から一歩外へ出ると状況はまったく違いました。たまたまインタビューされた記事がネットの掲示板などで取り上げられたり、あるパーティーで歌った動画がYouTubeに流れて話題になったり。「尾崎豊の息子」という看板が勝手に独り歩きしてしまった。

自分から「息子である」ということを言うことはしませんでしたが、東京のInter FMで『Music Saves the Earth』という番組のナビゲーターを何年かやらせていただきながら、社会的なメッセージを発信していると、思った以上に反応がよかったんです。そうやって僕の表現活動は始まりました。

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自分の想いを、存在を、
世界に「解放」する。

Q6 シンガーソングライターとして、今回のデビューまで時間がかかったと思いますが、何をしていたんですか?

大学や大学院での研究や学生団体活動に夢中になってしまったこともあるんですが、いつか来るだろうデビューに向けて、ミュージシャンとしての武者修行をしていました。まず、ボストンのバークリー音楽学校に短期プログラムに参加して、楽曲制作の基礎を修得。

その後、声がかかれば飛んでいくというスタンスで、大小さまざま多種多様なライヴの現場で、洋楽や尾崎豊のカバー、創りかけのオリジナル曲などをパフォーマンスをしてきました。それはもう劣悪な環境もたくさんありましたから、この時期にかなり鍛えられましたね。

そしてようやく今、プロのミュージシャンとして、そしてひとりのアーティストとして、僕を支えてくれる信頼できる人たちとともに、自分の伝えたい音楽を全力で表現できる環境が整いました。

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Q7 デビューを目前にして、率直な今の思いを聞かせてください。

今回の 1st EP『LET FREEDOM RING』は「自由の鐘を鳴らせ」という意味なんです。自分の意思を、そして自分の存在を世界に「解放」する。それが僕なりの、今回のテーマなんです。

そして、父親が亡くなった26歳を超えて、今年27歳になった。父親から授かったこの声で、俺がやりたいことは「父親の先を歌うこと」でもあるんです。

このEPに収録されている『サムデイ・スマイル』、『27』、『始まりの街』、『Stay by my Side』はすべて僕の大切な作品たち。この作品が一人でも多くの人に届いたら幸せです。

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1st EP『LET FREEDOM RING』が3/22より絶賛発売中!

1. サムデイ・スマイル
2. 27
3. 始まりの街 (Soul Feeling Mix)
4. Stay by my Side
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尾崎裕哉 1st EP「LET FREEDOM RING」をひも解く【解説:小貫信昭】

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▽本映像では、1st EP「LET FREEDOM RING」に収録されている全4曲を公開しております!

解説:小貫信昭

アルバム・タイトルの"LET FREEDOM RING"は、キング牧師の有名な演説の言葉である。「自由の鐘を打ち鳴らそう」という意味だが、牧師はこの言葉をもって、広く民衆に呼び掛けたのだ。

尾崎裕哉にとって、それは自らの音楽に、相通じる感覚でもあるのだろう。そしてこの作品集を手にした人達も、ぜひそれに習い、自分の心の中に、大きな鐘を打ち鳴らしてみてはどうだろう。

「始まりの街」で彼のことを知った人は多い。あの名曲により、早くも"尾崎裕哉像"が築かれたと言ってもいい。しかしそれを、軽やかに更新していくのがこの1st EPだ。

オープニングの「サムデイ・スマイル」は、澄んだアコギをクラップが介添えし、その後、オルガンなど音数が増えても大仰にならず、程良いサイズ感で鳴っていく作品だ(今回、編曲はすべて蔦谷好位置)。歌詞で"あと何度"が繰り返されるフォーマットはディランの「風に吹かれて」を彷彿させるが、途中、ラッパーのSALUが提供したラップのパートがあり、しかしここでガラリとヒップホップ・マナーに覆われるのではなく、自然な発展を果たす構成力が新鮮だ。
サビの"幸せになれる""途中の今日を生きてる"という言葉が心に染み込む。それは先ほど"程良いサイズ感"と書いた、この曲の有り様とも関係ある。すぐ隣りに歌があるような親近感が、この作品の意味を深める。

続く「27」は、父・尾崎豊が生きた26年間という生涯を越えていく年齢となった際の心境に端を発した歌である。これは自著『二世』のなかにも綴られていた想いだ。
歌詞に父の名曲のタイトルである"僕が僕であるために"というフレーズをサンプリングしているのは意図的なことのようだ。そりゃそうだろう。こんな偶然には、そうそう巡り会えない。でも、この歌を通して尾崎裕哉が伝えたいことは、このフレーズとは別に、確かに存在する。ただ、「人間」に対して借り物の本質論をあてがうのではなく、あくまで実感・実存を追い求めていく姿勢は、この親子に共通するものだ。

曲調としては誰もがノレる明快なバンド・サウンドであり、今後、野外フェスといった場所でも大いに鳴り響かせてもらいた一曲となった。

早くも「始まりの街」がリアレンジされ、Soul Feeling Mixに様変わりしたものを聴けるのも、本作の楽しみにひとつだ。ホーリーなコーラスにブルージーなギターが絡む今回のバ−ジョンは、歌われているのは同じ"街"だとしても、別の通りの違う街並みの物語に仕立て直したかのような風情である。とはいえ尾崎裕哉の歌は、いずれも揺るぎないものだが...。

最後は「Stay by my Side」。この作品は英語詞のパートも多く、バイリンガルな彼の、もしかしたらメロディラインに関しても、複数言語双方向な発想からの曲作りだったかもしれない。今回、ハッキリとラブ・ソングにカテゴライズできるのはこの曲ということになる。

"All I wanted to say is 「愛してる」"というフレーズがいい。愛を伝える言葉の、もっとも虚飾のない、もっとも強い一言は、とっくの昔から誰もが使っているこの言葉だけど、そこに至るまでの道のりや、いざ相手を前にしての感情の機微こそが、多くのラブ・ソングを生み出してきて、これもそのなかの一曲である。

今回、彼は『LET FREEDOM RING』の4曲により、彼ならではの視野を駆使し、ありきたりのスタイルに囚われない表現者としての豊かさ・自由さを示した。とはいえEPというサイズにおいてであり、まだまだこれは、序章に過ぎないわけだが。

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1st EP『LET FREEDOM RING』が3/22より絶賛発売中!

1. サムデイ・スマイル
2. 27
3. 始まりの街 (Soul Feeling Mix)
4. Stay by my Side
5. 27(starRo Remix)

▼iTunes|ボーナストラック付き
http://apple.co/2mrpSbP
▼レコチョク
http://recochoku.com/t0/1006353315/

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