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01 Life Story|生い立ち〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉

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〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉
01 Life Story|生い立ち

尾崎裕哉の隠されたルーツや本音、支えられてきた音楽や家族など、彼のすべてを明かすべく立ち上がった当サイト独自企画、インタビュー連載〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉。初回のVol.1のテーマは「Life Story|生い立ち」。

2歳で偉大な音楽家であった父を亡くし、5歳にして母とふたり異国の地へ飛んだ。壮絶な幼少期をともに幕開けした彼の人生は、どのような物語を経て、今日に至ったのか?
7つのカテゴリーと7の質問から、シンガーソングライター尾崎裕哉の〝リアル〟に迫る。

Interviewed by Taiga BEPPU
Supervised by Daisuke YOSUMI

尾崎裕哉インタビュー連載
01 Life Story
02 Music is my Life
03 LET FREEDOM RING
04 Social Message
05 My Father
06 Global Thinking
07 SECRET!!

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もし彼がいなかったら、

今の自分はいなかったかもしれない。

Q1 シンガーソングライターとして音楽を始めたきっかけは何ですか?

米国マサチューセッツ州ボストンの中学校に通っていた14歳のとき、尞の隣の部屋のケイラブという台湾系のアメリカ人が誘ってくれたことですね。「ギターやるからヒロもやろうよ」って。当時、ピアノをやっていたんですけど、実はあまりしっくりきてなくて。でも、ギターは素直に「やってみたいな!」と。

そのときに僕の中で音楽と向き合う感覚が変わったんですよね。音楽を「聴く」側から、音楽を「創る」側に。聴く曲も、「尾崎豊」から「洋楽」になりましたね。あのタイミングでケイラブが誘ってくれてなかったら、今の自分はいなかったかもしれない。


Q2 それまで本格的に音楽をやりたいと思ったことはなかったんですか?

思えば、5歳のときからずっとそう夢に描いていたんですよね。「ミュージシャンになりたい」って。でも、そのときは「音楽が好きだから」というより、「父親に近づきたいから」という感じでした。

僕が2歳のときに父親が亡くなったので、彼との記憶はひとつもないんです。彼が遺した曲でしか、父親を知る術がなかった。だから、アメリカにいるときからずっと尾崎豊の曲を聴いて育ったんですよね。僕にとっての父親は、音源と映像だったんです。

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Q3 5歳のときに渡米し、15歳で帰国。アメリカではどんな生活を送っていましたか?

5歳でボストンに渡ったとき、母親は26歳。僕はもちろん、母親も英語を話せなければ、知り合いもひとりもいない。考えると、その時の母親は今の僕より若いわけです。これって凄いことですよね。改めて、感謝と尊敬でいっぱいの気持ちになります。

そんな中、すぐに僕は地元の区立学校へ入学して、幼稚園から小学校5年生まで過ごしました。その後、コネチカット州の全寮制の学校で1年経て、ボストンの全寮制男子校へ進学。そこで出会えた一生の仲間のひとりが、ギターを教えてくれたケイラブでした。

今回のデビュー作《LET FREEDOM RING》にも収録されている『始まりの街』には、ずっと支えてくれた母への思い、そしてボストンでのことを綴っています。振り返ってみると、自分が歌っている曲には、ボストンの日々が刻まれているんですよね。

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音楽で社会に貢献したい。

Q4 その後、日本に帰国しましたよね。日本での生活はどうでしたか?

日本ではインターナショナルスクールに通ったので、外国育ちの日本人学生や外国の学生がほとんどでした。なので、「尾崎豊の息子」である自分を意識しなくて済むと思っていたんですが、そう簡単にはいかなかった。やっぱり父親のファンはいたし、日本にいるとどうしても意識せざるを得なくて。いつしか父親のことを隠すようになっていたんです。

そんなとき、「バンドやりたいんだけど、ヒロやらない?」って、同級生が誘ってくれたんです。父親と比較されることが怖いという葛藤がある一方で、ずっとひとりで練習してきたギターにも限界を感じていました。

どうしようかものすごく悩んだけれど、最後は「どうしても音楽仲間がほしい!」「一緒にやりたい!」っていう気持ちが勝って、本格的にミュージシャンの道を歩みはじめました。


Q5 大学は慶応義塾大学(SFC)に進学し、ラジオパーソナリティーや講演会に登壇など様々な活動をされていましたが、どうでしたか?

僕が父親のことを話さなかったこともありますが、高校でも大学でも、ちゃんと僕を一人の人間として見てくれる仲間に恵まれました。だけど、学校から一歩外へ出ると状況はまったく違いました。たまたまインタビューされた記事がネットの掲示板などで取り上げられたり、あるパーティーで歌った動画がYouTubeに流れて話題になったり。「尾崎豊の息子」という看板が勝手に独り歩きしてしまった。

自分から「息子である」ということを言うことはしませんでしたが、東京のInter FMで『Music Saves the Earth』という番組のナビゲーターを何年かやらせていただきながら、社会的なメッセージを発信していると、思った以上に反応がよかったんです。そうやって僕の表現活動は始まりました。

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自分の想いを、存在を、
世界に「解放」する。

Q6 シンガーソングライターとして、今回のデビューまで時間がかかったと思いますが、何をしていたんですか?

大学や大学院での研究や学生団体活動に夢中になってしまったこともあるんですが、いつか来るだろうデビューに向けて、ミュージシャンとしての武者修行をしていました。まず、ボストンのバークリー音楽学校に短期プログラムに参加して、楽曲制作の基礎を修得。

その後、声がかかれば飛んでいくというスタンスで、大小さまざま多種多様なライヴの現場で、洋楽や尾崎豊のカバー、創りかけのオリジナル曲などをパフォーマンスをしてきました。それはもう劣悪な環境もたくさんありましたから、この時期にかなり鍛えられましたね。

そしてようやく今、プロのミュージシャンとして、そしてひとりのアーティストとして、僕を支えてくれる信頼できる人たちとともに、自分の伝えたい音楽を全力で表現できる環境が整いました。

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Q7 デビューを目前にして、率直な今の思いを聞かせてください。

今回の 1st EP『LET FREEDOM RING』は「自由の鐘を鳴らせ」という意味なんです。自分の意思を、そして自分の存在を世界に「解放」する。それが僕なりの、今回のテーマなんです。

そして、父親が亡くなった26歳を超えて、今年27歳になった。父親から授かったこの声で、俺がやりたいことは「父親の先を歌うこと」でもあるんです。

このEPに収録されている『サムデイ・スマイル』、『27』、『始まりの街』、『Stay by my Side』はすべて僕の大切な作品たち。この作品が一人でも多くの人に届いたら幸せです。

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1st EP『LET FREEDOM RING』が3/22より絶賛発売中!

1. サムデイ・スマイル
2. 27
3. 始まりの街 (Soul Feeling Mix)
4. Stay by my Side
5. 27(starRo Remix)

▼iTunes|ボーナストラック付き
http://apple.co/2mrpSbP
▼レコチョク
http://recochoku.com/t0/1006353315/

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