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04 Social Message|社会起業家〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉

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「Music Save the Earth」というメッセージを掲げて表現活動を行う尾崎裕哉。インタビュー連載〈尾崎裕哉に問う。7つのこと〉Vol.4では、「アーティストより実業家の方が近いかもしれない」と話す彼のその真意とこれまでの活動、そしてこれからの展望についてまとめてみたい。

Interviewed by Taiga BEPPU
Supervised by Daisuke YOSUMI

尾崎裕哉インタビュー連載
01 Life Story
02 Music is my Life
03 LET FREEDOM RING
04 Social Message
05 My Father
06 Global Thinking
07 SECRET!!

 

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音楽で社会を動かす

Q1 尾崎裕哉の強烈な個性として「社会起業家」としての顔がありますよね。『LET FREEDOM RING』という言葉も、マーティン・ルーサー・キング牧師のスピーチに対するオマージュなんですよね?

今はまだ社会起業家と呼べるかどうかわかりませんが、少なくとも志は共通しているかと思います。オマージュに関しては、もともとキング牧師のことをものすごくリスペクトしていたので、彼の言葉を使いたかった。

小学校、中学校と米国で過ごしたので、米国の歴史について勉強していたんですが、その多くが黒人奴隷にまつわる話なんですよね。だからこそ、白人の黒人に対する人種差別に正面から異を唱え、差別撤廃に大きく貢献したキング牧師は、超一流のスピーチライターとして認められている。

「愛なき力は暴力であり、力なき愛は無力である」

たとえば、僕は彼のこのフレーズも大好きで、学生時代にやっていた自分のラジオでも使ってたりしてました。一番有名なのはリンカーン・メモリアルの前で行った「I Have a Dream」スピーチですかね。

キング牧師は言葉で世界を動かしてきた人だと思うんです。じゃあ、僕にとって、それは何なんだろうか? それは音楽だと。音楽で社会を動かすことができる。僕はそう信じているんです。

  

ジョン・ウッド氏との出会い

Q2 社会に対するそのような想いを持つきっかけは何だったんですか?

人生で一番衝撃を受けたのは、国際NGOルーム・トゥ・リード(RTR)創設者兼共同理事長のジョン・ウッドのお話を聞いた時のこと。ちょうど僕が大学の進路に迷っている時、高校に講演をしに来てくれたんですよね。

ルーム・トゥ・リードは、図書館や学校を建設したり、現地語図書の出版、女子教育などを行っている非政府組織。「1時間にひとつ、世界のどこかに図書館を作っています」という話を聞いた時、ものすごい衝撃を受けて。そんな組織を自らつくって、自分とは無縁だった人に対して、しかもそれを全世界で慈善活動をしている。その時、僕も彼のように社会に貢献できるような人間になりたいと素直に思ったんですよね。

(下写真は、ジョン・ウッド氏にサインをもらう裕哉)

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ルーツ①「米国育ち」

Q3 そこで衝撃を受ける人もいれば、そうじゃない人もいると思います。その中で裕哉さんはどうしてそこまで感銘を受けたと思いますか?

米国で育ったことも大きいと思いますね。僕自身、米国の学校では校外活動の一環として、日本でいう「ホームレス」の方々の一時宿泊施設である「ホームレスシェルター」に行ったりして、支援活動をしてたんですよね。

欧米では著名人、特にアーティストが社会的な活動をしたり、チャリティーやボランティアをすることって日常的なこと。たとえばレディー・ガガはいじめ撲滅を訴えるためにホワイトハウスに乗り込んだり、支援組織「ボーン・ディス・ウェイ財団」を設立してる。

現大統領のドナルド・トランプが当選した時には、トランプタワーの前で「Love trumps hate.」(「愛は憎しみに勝る」という意味)と書かれた紙を掲げたのも記憶に新しいし、東日本大震災ではいち早くチャリティーオークションや義援金を送ってくれましたよね。他のアーティストでも、たとえばマドンナやビヨンセはLGBT(性的マイノリティー)の権利向上のための活動を積極的にしていたりもする。

ただ、ここで大事なのが、僕の尊敬するジョン・メイヤーが言っていたように、「自分ごとにできる社会問題と関わることが大切」だし、無理に共感する必要はない。日本ではあまり知られていないかもしれないですが、彼も退役軍人をサポートするためのファンドを創設していたり、チャリティーに積極的なんですよね。

もちろん、著名人が慈善活動をすることに関していろんな意見があるかもしれない。それでも、アーティストである以前に、いち個人として、社会問題について異議を唱えたり、それに対して働きかけることは、奇をてらうことでもなく、当然のことだと思うんですよね。害がないなら、やらないよりやった方がよくないですか?

 

ルーツ②「家庭環境」

Q4 それ以外に自分のルーツを感じることはありますか?

僕自身のルーツにあると思いますね。人生をさかのぼってみると、社会問題に対して何かをしたいという気持ちはずっとあって。

というのも、僕の身内には身体障がい者がいて、それを支える家族がいる。身近でみていたからこそ、努力しないといけないことが多いのも分かるし、だからそれをサポートしたいという思いがあって。きっと、そういう身近なところの影響もあるのかもしれませんね。

 

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大学・大学院へ

Q5 ご自身でも学生時代には社会問題の研究をされていたんですよね?

高校時代には、ジョン・ウッドとの出会いもあり、「Environmental Science(環境科学)」という授業を受けて地球環境について学びましたね。たとえば、人間の活動がどれだけ自然環境に依存しているのかを示す指標である「エコロジカル・フットプリント」というものがあるんですが、その数字を見ると、このままの生活を続けると自然資源が枯渇することはもう明らかで。

そんな経緯もあって、大学入試では、「MUSIC SAVES EARTH PROJECT」という発表をしました。もともとチャリティーに興味があったから、「このアーティストの曲を歌ったら、1円寄付されます」といった、カラオケをチャリティーコンサート化するというのがそのアイデアでした。試験には無事合格して、SFC(慶応大学湘南藤沢キャンパス)の環境情報学部に入学しました。

大学の卒業論文では、『TABLE FOR TWOから考察する効果的な企業とNPOの協働関係について』というテーマについて研究。「TABLE FOR TWO」というのは、今世界で大きな問題になっている深刻な食の不均衡を解消するための組織のこと。対象となる定食や食品を買うと、1食につき20円が寄付金として、開発途上国の子どもたちの学校給食になるんです。最初は食堂から始まって、今ではレストランやコンビニ、自動販売機、今では国外までプロジェクトは広がっているそうで。この仕組みや応用する方法を研究したものが僕の卒業論文でした。

話せば話すほどディープになってきちゃうんですが、大丈夫ですか?(笑)

とにかく、勉強することが楽しくて楽しくて仕方なくなってきちゃんたんですよね。社会に貢献することって学問として成立してるんだ!?と思って。そうやって自分のやりたいこと、興味があることが勉強できる喜びを知って、どんどんのめり込んで、そのまま大学院に進むことに。

大学院では、「デザイン思考」を研究し、それを音楽業界のイノベーションで適用できないかと模索してみたんですよね。そして、いろいろ調べていった中で、音大の卒業者の3割以下しか音楽で生計を立てている人がいないということを知って、それをなんとかできないかと。

なので、修士論文のテーマは、「音楽家の雇用創出を促す新しいコンサートビジネスと、それを支えるベイズ推論に基づいた機械学習の仕組みの提案」でした。これもなんだか難しそうですが(笑)。できる限り噛み砕くと、ミュージシャンが音楽だけで食べていけない現状に対して、コンサートという視点から解決できないかというのが僕の仮説でした。やっぱり音楽は生演奏が一番ですからね。

「いい音楽が聴きたいお客さん」と「いい音楽を演奏できるけどまだ知られていないミュージシャン」と「いいミュージシャンを支えたい場所のオーナー」の三者をマッチングして、より最適化され、全員の満足度が高いコンサートを自動的に作る。それを、ベイズという人が編み出した定理を用いた機械学習という手法で実現する。さらにそれを誰もが簡単に使えるアプリとしてリリースする。実際にプログラミングして、そのアプリのデモみたいなものは作りましたね。

 

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Q6 社会起業家らしい一面が垣間見えましたね。在学中、学外でもいろんな活動をしていたんですよね?

結構いろんなことをしましたね。スタンフォード大学内のNPO主催のプログラムに参加したり、日本で一番歴史が長いと言われている『日米学生会議』に参加したり。割と真面目に意識の高い学生でしたね(笑)。

あとは、2010年からInterFMで、洋楽紹介番組『CONCERNED GENERATION』、13年から15年まで『Between the Lines』のナビゲーターをしていたとき、キング牧師といった社会活動家を紹介するなどの社会的メッセージの発信もしてました。

最近だと、インドの人権活動家でノーベル平和賞受賞者でもあるカイラシュ・サティヤルティさんと来日記念の「ゲリラシネマ」で対談したり、彼が登壇した『値段のないレストラン』というイベントにシークレット出演して歌ったこともありましたね。

あとは、前回のインタビューでも触れましたが、東日本大震災での出来事も大きかったんですよね。その時にある種、音楽の限界と可能性を感じたんです。音楽は物理的なサポートはできない。だけど、精神的なケアはできるかもしれない。それなら、音楽にできることをまずはやってみよう。実際に1st EP『LET FREEDOM RING』のリード曲『サムデイ・スマイル』もそんな経緯から生まれた作品ですし。アーティストとしての責任だったり、存在意義について考えるきっかけになったのも大きかったですね。

 

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Music save the Earth

Q7 最後に、アーティスト「尾崎裕哉」の今後の展望を教えてください。

僕が目指す人物像は、「アーティスト」というより「実業家」の方が近いんですよね。ジョン・ウッドだったり、ヴァージン・グループの創設者で会長のリチャード・ブランソンだったり、白洲次郎だったり。

ここまで自分の社会起業家的な部分にフォーカスして話すのは初めてでしたが、自分の家庭環境から大学院の研究内容まで、いろんな活動の蓄積があって、一貫して「人のためになることをすること」と「音楽」という2つの軸はブレなかった。ある意味、これは白洲次郎さんのいう「プリンシプル」に近いですかね。これは「僕らしさ」であり、「やりたいこと」そのものでもあるんですよね。

きっと音楽以外にも社会を変える力はいっぱいあると思うけど、僕はあくまでも音楽の人だから、音楽の力を信じ、その可能性をさらに引き出していきたい。そのためには、いい曲を作るだけじゃなくて、音楽業界の構造自体も変えていかないといけないし、人と音楽との関わり方も変えなくちゃならない。アショカ財団のビル・ドレイトンがいうように、魚や釣竿を与えるのではなく、漁業産業自体を変えなければならない。やるべきことはたくさんある。

人はそんな僕を見てミュージシャンと呼んだり、社会起業家と呼んだり、アーティストと呼ぶかもしれない。それは他人が決めること。でも、それらの肩書きは全部僕なんですよね。今は、ただ自分らしい音楽を作って、目の前のお客さんの心に届けるべく歌い続けます。その先に、僕の描く世界があると信じて。

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